満員の酒場で、ジョバンニは大き目のグラスに並々と牛乳を注いでもらう。
予め予約しておいた4人がけのテーブルに腰掛け、仲間達が来るのを待つ。
今回の食事会は、実は師匠の提唱で彼が主催した物なのだ。
一年の労を労い、来年もまた職に勤しめるように、皆で杯を交わすのが目的である。
しかし、肝心の3人の招待客は来るのだろうか?
ましてや、知り合ったばかりのあの人は…?
と、唐突に酒場のドアがガタッと開く。期待に胸を膨らませ、ジョバンニは入り口を眺める。
「あら早いわね。てっきり遅刻するかと思ったわ。
とりあえず言っとくわね。聖夜祭、おめでとう!今夜は飲むわよ!」
まずポリーがにっこりと微笑みながら現れたが、その姿を見て、ジョバンニは思わず目を見開いた。
余所行きの豪華な青いロングドレスで着飾っている師匠は、どこぞの貴婦人かと思わせるような美しさだ。
彼女が歩く度に何人ものハンターが振り返ることからも、ジョバンニの感性は決して変ではない事が伺えるだろう。
師匠は店員に毛皮の外套を壁に掛けてもらい、ジョバンニの向かいの席に腰掛ける。
胸元で光り輝くペンダントと肘まである黒く長い手袋は、今日が特別な日である事を物語っている。
少ししてからまたドアが開き、二人目の招待客が飛び込んでくる。
かなり慌てているようだが、まだ集合時刻にはなっていない。
「やれやれ、間に合って良かった。お客さんの一人と話し込んでしまいまして…。
では、今日はうんとお喋りしましょうか!聖夜祭、おめでとうございます!」
続いて仕事を終えたリチャードが、師匠の隣の席に座る。
皺一つ無い彼の相棒のように黒いタキシードは、長身の彼には意外に似合っている。
赤い蝶ネクタイも、彼の堅実な性格をしっかり表している。
どこからどう見ても紳士というその服装と身のこなしの彼が、都会の上流階級の宴会に参加したとしても、何の違和感も無く溶け込めるだろう事は想像に難くない。
自分だけ普段通りの私服で何だか場違いの感じがするが、ジョバンニは気にせず、ちょっと時計を眺めてみる。
果たして、最後の招待客は来るのだろうか…?
待つこと10分、もう諦めようかと思ったその時、師匠が不意に口を開く。
「もしかして、クリスタルを待ってるの?
彼女、今日は朝早くから狩りに出かけてたわよ。」
意外な事実を聞き、ジョバンニは思わず耳を疑う。
「そんな!彼女、僕が誘った時は考えとくって答えたのに!」
「でも、考えとくってのは、遠まわしに断るって事だわよ。
まあ、彼女にも用事があったんだから、仕方ないわね。」
肩をすくめる師匠に、運転手が言う。
「でも、分かりませんよ。彼女、ジョバンニさんの事気に入ってるかもしれませんから。
それに、せっかく誘われたなら…。お、噂をすれば何とやらですね!」
その声にジョバンニははっと右を見る。
其処にはたった今狩りから戻って来たという姿で、クリスタルが立っていた。
武器や防具を外しもせず、まるで普段の狩りの後の食事でもするかのように、ジョバンニの隣に腰掛ける。
「ありがとう!来てくれたんだ!諦めそうだったけど…!」
思わず顔を綻ばせるジョバンニに、クリスタルは少しだけ笑顔を浮かべ、いつも通りの静かな調子で言う。
「三人とも。聖夜祭、おめでとう。」
それを待っていたかのように、ジョバンニは牛乳を一杯に注いだグラスを掲げる。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう!
僕、これからも一人前のハンターになれるように頑張るよ!応援、よろしくね!」
何時に無く嬉しそうな顔付きで、ジョバンニは言う。
それに答えるかのように、仲間達も笑顔でグラスを手にする。
彼らが各々のグラスを掲げるのを待ち、ジョバンニは歓喜に浸りながら大きな声で叫んだ。
「じゃあ、せーの、乾杯!」
グラスがぶつかる乾いた音が響き、店の明かりに飲み物が反射し、キラキラと光る。
甘い牛乳を一気に飲み干しながら、ジョバンニは確信した。
これからも、自分は彼らが一緒ならばやっていける。
必ずや一人前のハンターになれる、と。
番外編 完