◆まえがき◆
毎度どうも、白いイナズマです。1年ほど前に書いていた小説「星空のレクイエム」を大幅に改訂して書いていきます。
…(^_^;)
ドラゴンクエストモンスターズ
夢見る少年と星海の神話
↑タイトルが長くて入り切らなかったので略しましたが、一応こういうタイトルです。夢見る少年と星海の神話
スクウェア・エニックス社の大人気ゲーム「ドラゴンクエストモンスターズ」シリーズの自作エピソードです。
ちなみに「星海」は『そら』と読みます。
※この小説はフィクションです。
実在する人物・企業・団体とは一切関係ありません。
白いイナズマ
No.12258525
2014年06月27日 09:39:57投稿
引用
色鮮やかな小鳥たちのさえずり…
風にざわめく木々…
大自然に囲まれた森の中に、1人の少年と1匹の小さなドラゴンがいた。
ドラゴンは「ドラゴンキッズ」と呼ばれる種族で、少年とは大の仲良しだ。
「今日こそ、この森の謎を解明してやるんだ!」
少年が意気込む。
「もう583回も挑戦してるのに、毎回同じ場所に戻されてるけどな…」
ドラゴンが返す。
「でもさ、ラキッズ、これだけ挑戦しても全く進展しないんだ…
この先にはきっと凄いお宝が…」
「はいはい。お前ホント好きだよな、そういうの。」
少年の言葉を遮り、ラキッズと呼ばれたドラゴンが返す。
ーーそう、この森には来訪者を迷わせる不思議な魔力のようなものがかかっているのだ。
迷うといっても、元来た場所に戻されるだけだから安全ではあるのだが、この場所は近所の人からは「迷いの森」と呼ばれている。
「よし、もう1回だ!」
張り切って森の中に歩いていく少年にラキッズが付いて行く。
数分後、また先ほどの場所に少年たちが戻ってきた。
「やっぱりダメか…」
少年たちはその後も何度も森に入っていったが、結局元来た場所に戻されてしまう。
「なあ、シエル…
もう暗くなってきた、そろそろ村に戻ろうぜ。」
ラキッズが呟く。
時は既に夕暮れ。
陽は傾き、間もなく夜が訪れるであろう時間帯だ。
「うん、そろそろ戻ろうか、ラキッズ。」
シエルと呼ばれた少年はそう言い、ようやく帰路に付いた。
その後ろをラキッズは小さな翼で飛んでいった。
シエルとは大の仲良しのドラゴンキッズ。
少々喧嘩っ早いが、真っ直ぐな熱いハートの持ち主。
バトルになれば、炎系のブレスで遠距離攻撃もできる、シエルの最初のパートナーだ。
白いイナズマ
No.12258639
2014年06月27日 17:18:45投稿
引用
「うん… 早く戻らないと…」
陽が傾き、少しずつ暗くなっていく林道を小走りで走っていくシエルたち。
と、その時、道の脇の草むらの中から物音がした。
ガサゴソ、という音は次第に大きくなっていく。
スライムでもいるのだろう、とシエルは思った。
数秒後、案の上、1匹のスライムが道に飛び出してきた。
この森ではよくあることだ。
ここには植物と動物以外に野生のモンスターも生息している。
モンスターといっても比較的温厚な種族が多く、人間に危害を加えることはほとんどない。
ーーだが、今しがた飛び出してきたスライムは、いつもとは明らかに様子が違った。
くりっとした目に半開きの口、ぷるぷるとした水色の身体…
見た目こそ可愛らしいが、その視線はシエルとラキッズをまっすぐに見据え、敵意にも似たオーラを放っている。
「ねえ、ラキッズ…
あのスライム、なんか様子がおかしくない…?」
「そうか?
スライムってみんなあんな顔だから、よく分からないな…」
そんな会話をしていた、その時だった。
スライムがシエルの胸に向かって、飛びかかった。
あまり突然の出来事なので、 すぐには対応できない。
不意を付かれたシエルはよろめき、何とか地面に手を付いて身体を支えた。
「シエル、大丈夫か!?」
ラキッズが慌てて飛んでくる。
「うん… 僕は大丈夫…」
力ない声でシエルは言った。
スライムとはいえ、生身の人間が胸に直撃を食らうと流石に痛い。
スライムはまだ敵意の込もった眼差しで、こちらを睨みつけている。
「テメェ、オレのダチに何しやがる!」
ラキッズは怒りをあらわにし、息を吸い込んで火の息を吐いた。
といっても、火の粉程度のものだが…
ラキッズの吐いた火の粉はスライムの直前の地面に命中し、小さく弾けた。
スライムは驚いたのか、すぐに草むらに飛び込んで逃げていった。
「シエル、立てるか?」
ふらつきながら立ち上がるシエルを見て、ラキッズが言った。
「なんとかね…」
ーーそれにしても、何かがおかしい。
迷いの森は、こんなに危険な場所じゃなかったはずだ…
魔獣系のモンスターならまだしも、スライムが人を襲うなんて話、聞いたことがない。
得体の知れない不安に駆られながら、シエルとラキッズは再び歩き出した。
白いイナズマ
No.12259546
2014年06月30日 08:25:33投稿
引用
すでに辺りは暗く、空には満月が顔を覗かせている。
シエルたちが住むここパロット村は、世界でも科学技術が発達しているオルティアナ大陸の南部に位置しており、オルティアナ大陸ではわりと田舎の方だ。
「まずいよ、早く帰らないとまた姉ちゃんに大目玉食らっちゃう…」
「シェリーは異常に心配性だからな…」
シエルたちは重い足取りで自宅に向かう。
「あんたたち一体いつまで遊んでるの!
暗くなる前に戻れって、いつも言ってるじゃない!
まったく、好奇心旺盛なんだから…」
自宅の玄関扉を開けた瞬間に、シエルの姉シェリーが物凄い剣幕で怒鳴りつける。
「ご、ごめんよ…
帰り道でスライムに襲われて…」
「スライムが人を襲うわけないでしょ!
そんな話聞いたことないわよ!?」
「シエルくん、ちょっとその話詳しく聞かせてくれない…?」
奥の扉から眼鏡をかけたひとりの女性が顔を覗かせる。
彼女の名はアルト・クリントン。
モンスター研究家であるシエルの父の助手をしている面倒見の良い女性だ。
「ふむふむ、なるほど…」
シエルたちの話を聞いたアルトは頷き、意味深に呟いた。
「とうとう被害がここまで拡大してしまったのね…」
「どういう意味ですか?」
恐る恐る尋ねるシエルに、アルトが答えた。
「ここオルティアナ大陸では今妙な事件が起きているの。」
「事件…?」
「ええ、何でもモンスターが異常行動を起こしたり、普段はおとなしいモンスターが人を襲ったりする事例がたくさん報告されているの…」
「な、なんでそんなことに…?」
「原因はまだ分からないわ…
けれど、被害区域は確実に拡大している。
最初はシアンピーク山で被害が出て、次にエルモスシティ、サザンレイク、そしてシエルくんが今日スライムに襲われたっていう迷いの森…」
シアンピーク山はオルティアナ大陸の最北端、迷いの森は南部、エルモスシティとサザンレイクはその間…
ほとんどオルティアナ大陸全域じゃないか、とシエルは思った。
「…ごめんなさいね。
旅立ちの前に不吉な話をしちゃって…」
アルトは申し訳なさそうに言った。
「ああ、オレたちなら大丈夫だ。なっ、シエル!」
ラキッズが元気よく返事する。
「うん! 僕たち、明日とうとう憧れのモンスターマスターになれるんだ!
モンスターを操ってる悪いヤツなんて、僕たちがやっつけてあげるよ!」
シエルも元気よく言葉を返す。
ーーモンスターマスター…
数多の魔物たちを従えた冒険者。
人は彼らを『モンスターマスター』と呼び、この職に憧れを抱く者は少なくない。
シエルもまた、モンスターマスターに憧れる者のひとりだった。
「あら、それは頼もしいわね。
是非お願いしようかしら。
ともかく、明日はあなたたちにとって最高の記念日になるはずよ。」
「はいっ!」
シエルとラキッズは声を揃えて返事した。
その日の夜のベッドの中。
夕食と入浴は済ませた。
あとは明日が来るのを待つばかりである。
「なあ、シエル。いよいよ明日だな。」
「うん。ラキッズ、君と一緒に世界中を冒険する。
その夢がついに叶えられるんだ。」
そんな話し声がしたのも束の間。
少年たちはすやすやと寝息を立て始めた。
旅立つ彼らを祝福しているかのような、曇りなき星空の夜だった。
白いイナズマ
No.12259572
2014年06月30日 14:15:18投稿
引用
朝日がシエルの顔を明るく照らす。
隣ではラキッズが既に目を覚ましていた。
「起きたか、シエル。」
「うん、いよいよ今日だね! 早く支度しよう!」
シエルは顔を洗い、服を着替えながら言った。
そしてまとめておいた荷物を背負い、階段を駆け下りた。
階段の下にはシェリーがいる。
「姉ちゃん、おはよう!」
「おはよう、シエル… 起きるの早いわね…
まあ当然か、あなた、ずっとこの日を楽しみにしてたからね…」
シェリーは目をこすながら言った。
どうやらまだ眠そうだ。
「シエルくんとシェリーちゃん、準備はできたかしら?」
窓の外に目をやると、アルトはもう車のエンジンをかけて待っていた。
「僕たちはバッチリだよ!」
「私も準備できました。」
「じゃあ、車に乗って。
あと家のカギをかけるの、忘れないでね。」
ーーシエルたちが乗り込んだ後、車はゆっくりと走り出した。
生まれ育ったパロット村が、少しずつ遠ざかっていく。
シエルはしばらく戻ることはないであろう故郷に想いを馳せながら、窓の外の景色を眺めていた。
パロット村を出て十数分、車はサザンレイクの湖畔を走っていた。
水面からはパロット村では見られないようなモンスターたちが次々と顔を出す。
走行中、シエルたちは何も言わなかった。
その沈黙を打ち破るようにアルトが口を開く。
「見えてきた。分かる?
あれがエルモスシティよ。」
アルトが指差した先には、高層ビルがたくさん見えた。
中でも街の中央にひときわ高くそびえるのは、つい最近完成したと話題になったオルティアナタワーだ。
地上168階という世界最大の高さを誇るタワーが3本、連絡橋で繋げられたような構造をしており、連絡橋やエレベーターから見える外の景色は格別なんだとか…
そして、モンスターマスターの証はこのオルティアナタワーで手渡されることになっている。
ーーほどなくして、シエルたちを乗せた車はエルモスシティに入り、高層ビルが立ち並ぶ大通りを走っていた。
流石は科学技術の発達した街だ。
まだ早朝なのに、人通りが多く、街の至る所にネオンが灯っている。
「着いたわ。ここがオルティアナタワーよ。」
駐車場に車を止めたアルトは、シエルたちに言った。
遠くからでもその高さは実感できたが、近くから見るとさらにその壮大さに圧倒される。
「行きましょ。着いてきて。」
アルトに誘導されて、タワーの中に入っていく一行。
そういえば、さっきから喋っているのはアルトさんだけだな、とシエルは思った。
何も言わなかった、というより、言葉にできないでいた。
エルモスシティに入ってからというもの、見るもの全てが新鮮で、いつもテレビの画面を通して見ていたような景色ばかりだったので、言葉が出なかったのだ。
「展望ホールはどちらかしら?」
「それなら、そちらのエレベーターから直通で行けますよ。」
係員の指差した先にはエレベーターがあった。
「ありがとう。」
「す、すごい!」
エルモスシティに入ってからの第一声だ。
高速で昇っていくエレベーターは、中に乗っている者に天国へ誘われているかのような感覚を与える。
「168階 展望ホールです。」
案内音と同時に扉が開く。
そこからは、エルモスシティのみならず、オルティアナ大陸全域が見渡せるかのような、ガラス張りの巨大な展望台となっていた。
「クライオス博士、シエルくんをお連れしました。」
アルトは書類の束を整理している白衣の男に言った。
「おお、ご苦労だったな、クリントン君。」
白衣の男が振り返り、シエルの元に歩み寄ってきた。
そして、クライオス博士はシエルの肩に手を置いて言った。
「久しぶりだな、シエル。
しばらく見ないうちに大きくなったな。」
「うん、久しぶり、父さん。」
「久しぶりね、お父さん。」
「シェリー、お前も元気にしてたか?」
「そうか、母さんが死んでからお前たちには迷惑をかけてきた、済まないな。」
「そ、そんなこと思ってないわよ。」
シエルの母エリスはもともと病弱で、シエルを出産した直後に病気で亡くなったそうだ。
そのため、シエルは母親の顔を覚えていない。
「今日はシエルのお祝いの日よ。
もっと楽しくいきましょうよ。」
「そ、そうだな。おおそうだ!」
クライオス博士は何かを思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。
「他の子たちもいるし、本当はフライングはよくないんだがな…
やはり、自分の息子には、自分の手で渡しておきたくてな。」
クライオス博士の手には、緑色の宝石が付いた腕輪のようなものが握られている。
そして、それをシエルに差し出した。
「これがモンスターマスターの証『スカウトリスト』だ。
早速、腕に付けてごらん。」
シエルはスカウトリストを腕に装着してみた。
噂には聞いていたが、現物はやはりカッコイイ。
「かっけぇじゃん、シエル!
これでお前もモンスターマスターの仲間入りだな。」
ラキッズが目を輝かせて言った。
「うん! ありがとう、父さん!」
「喜んでくれたか! それは良かった!」
クライオス博士も満足そうに行った。
「あとは最初のパートナーとなるモンスターだが…」
クライオス博士はラキッズと目が合い、言葉を止めた。
「どうやら、シエルにはもうパートナーがいるようだな。」
「おうよ! このラキッズ様がいれば、どうな強敵が来ても安心だぜ!」
ラキッズが自信満々で言った。
「僕、とうとうモンスターマスターに…」
シエルはきらきらした目で、手に入れたばかりのスカウトリストを眺めている。
今日という日がシエルとラキッズにとって、最高の記念日となったのは言うまでもなかった。
白いイナズマ
No.12259768
2014年07月01日 11:59:48投稿
引用
僕たち、早速出発するよ!」
シエルが再びエレベーターに乗ろうとしたその時だった。
「ちょっと待ちなさい。」
シエルたちを遮るように、クライオス博士が切り出す。
「クリントン君に聞いたが、お前たち昨日スライムに襲われたそうじゃないか。
原因は分からないが、以前よりもモンスターは凶暴化している。
十分に気を付けるんだぞ…」
クライオス博士は、やや心配そうに言う。
「うん、早く原因を突き止めてあげてね。
昨日のスライム、何だか無理矢理暴れさせられているみたいで可哀想だったから…」
シエルは少しうつむいて言った。
重苦しい雰囲気を打ち破ったのは、ラキッズだった。
「よし、それじゃあ早速出発しようぜ!」
「じゃあ僕たち、そろそろ行くね。」
シエルたちは再びエレベーターの方に走っていって、ボタンを押した。
「行ってらっしゃい!」
シェリーたちがシエルたちにエールを送る。
「行ってきます!」
エレベーターの扉が開くと同時に、シエルとラキッズは声を揃えて言った。
そして、シエルたちはエレベーターに乗り込んだ。
残されたシェリーたちは、シエルたちが乗って行ったエレベーターの扉を、いつまでも眺めていた。
「行っちゃったね…」
シェリーが少し寂しそうに言う。
「ああ」
その直後だった。
もうひとりの白衣の男がこちらに歩いてきた。
「おやおや、これは皆さんお揃いで。」
「ウェイザー君じゃないか、今日はやけに早いな。」
「ええ、今日はモンスターマスターを目指す子供たちを送り出す特別な日ですからね。」
イジュール・ウェイザー、彼はモンスターマスター用の道具を開発している科学者で、スカウトリストを開発したのも彼である。
ウェイザー博士は少し間を置いて続けた。
「ところでシエル君の姿が見えませんな。
そろそろ、スカウトリストを渡す時間なのでお呼びに上がろうと思ったのですが…
はて、どこに行ったのですかな?」
「ああ、それは、その…」
ーークライオス博士はばつが悪そうに、ウェイザー博士に事のいきさつを説明した。
「えっ!? もう行っちゃったんですか!?
スカウトリストも渡してしまったと!?」
ウェイザー博士は相当驚いた様子だ。
「ああ、シエルにはどうしても自分の手で渡したくてな…」
「まあ、気持ちは分からなくはないですが、困りますよ。」
「ああ… 済まんな…」
「とはいえ、行ってしまったものは仕方が無いですね。
このイジュールも、シエル君のご武運をお祈り致しましょう!」
その頃、父が起こしたトラブルを知る由もないシエルたちは、今まさにエルモスシティの外に出ようとしていた。
「ここを出たら、僕たちも本当の意味で冒険者だ。」
「ああ、同時に出ようぜ。」
シエルたちは深く息を吸い込み、そして街の外の地面に一歩踏み出した。
街から一歩出ただけなのに、まるでさっきまでとは全然違う場所いるかのような感覚がふたりを包み込む。
「やったぜ!
オレたち、ついに冒険に出られるんだな!」
ラキッズは歓喜の声を上げた。
「うん! これが僕たちの第一歩。
あっ、そうだ!」
シエルは何かを思い出したように、バッグに手を突っ込み、青い布を取り出した。
そして、それを頭に乗せ、後頭部でくくった。
「バンダナか、似合ってるじゃないか。」
ラキッズはシエルを見て言った。
「気を引き締めていかないとね。
それじゃあ、改めて出発だ!」
夢と希望に満ち溢れた少年たちは、一歩、また一歩と歩き出す。
…今始まる
まだまだこれからですが、この先シエルくんとラキッズがどのような冒険を繰り広げていくのか…
楽しみにしていただければと思います。
…というわけで、応援ヨロシクですっ!
…(^_^;)
白いイナズマ
No.12260036
2014年07月02日 09:11:13投稿
引用
冒険に出た、といっても具体的に行くあてがない。
「とりあえず、どこから行こうか…?」
シエルは地図を広げて呟く。
今シエルたちがいるのはエルモスシティ前、そのすぐ南にサザンレイク、エルモスシティの北側にはシアンピーク山がある。
「ここからだとサザンレイクが一番近いんじゃないか?」
「じゃあ、まずはサザンレイクに行ってみようか。」
ふたりは再び歩き出す。
ついさっき、アルトの運転する車で通った道だ。
車だとかなり短い距離に感じたが、実際に歩いてみるとサザンレイクまでは以外に距離がある。
やがて、シエルたちの目の前に対岸が見えないほど巨大な湖が姿を現した。
サザンレイクは透き通った水をたたえており、その水面には水棲のモンスターが数体、顔を覗かせている。
シエルたちがサザンレイクの美しい景色に見入っている、その時だった。
すぐ近くの草むらがガサゴソと音を立てる。
「これはもしかして…」
シエルが恐る恐る近付くと、草むらの中から一匹のモンスターが飛び出してきた。
「うわっ!」
いきなり目の前に飛び出てきたので、驚いて尻もちをついてしまう。
シエルはすぐに立ち上がり、目の前にいるものの正体を確かめた。
緑色のきゅうりのような身体をしており、手にはヤリのような武器を持っている。
「ズッキーニャだな。初心者にはうってつけの相手だ。
まずはあいつを仲間にしちまおうぜ!」
ラキッズはやる気満々だ。
「よし!」
ズッキーニャは見たところ、植物に近い身体をしている。
炎系の息を使えるラキッズの方が有利に戦えそうだ。
「ラキッズ、火の息!」
シエルはラキッズに指示を出した。
「よし来た、やってやるぜ!」
ラキッズは息を吸い込み、火の息を吐く準備段階に入る。
ーーその時だった。
ズッキーニャもこちらの攻撃に感づいたのだろう。
手に持ったヤリを構え、ラキッズの脇腹を突いてきた。
「ラキッズ!」
「いってぇーっ!」
ラキッズは涙目になりながら飛び上がる。
だが、すぐに態勢を立て直した。
「オレなら大丈夫だ! 次の指示をくれ!」
火の息は技を出すまでに少し時間がかかる。
こうなったら…
「ラキッズ、体当たりだ!」
「よっしゃーっ!」
ラキッズは小さな身体で、自分よりも大きな身体のズッキーニャに果敢に立ち向かっていく。
しかし、ズッキーニャは見下ろすようにラキッズを見据えたあと、ヤリでなぎ払った。
幸い刃の部分は当たらなかったものの、ラキッズは吹き飛ばされてしまった。
「ラキッズ、大丈夫!?」
「大丈夫だ!」
相手は武器を持っている上に、体格もラキッズより大きい。
肉弾戦ではこちらの方が圧倒的に不利だ。
シエルはラキッズに目を移した。
強がっているとはいえ、ズッキーニャと戦う前よりも羽ばたく力が弱いような気がする。
…ん? 翼? そうだ!
「ラキッズ、できるだけ高く飛んで!」
「高く飛ぶ? こうか?」
シエルの声と同時にラキッズはさっきよりも高い位置に移動した。
「うん! そこから火の息!」
「なるほど、その手があったか!」
ラキッズはすかさず火の息の構えをした。
ズッキーニャはまたヤリで突いてくるが、空中に浮いているラキッズには届かない。
「よし、今だ! 火の息!」
シエルの合図と同時に、ラキッズは火の息を吐き出す。
その炎はズッキーニャに向かってまっすぐ飛んでいき、命中した。
植物の身体には相当効いたのだろう。
ズッキーニャは怯んだあと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「やった!!」
シエルとラキッズが一斉に声を上げる。
こうして、シエルたちは初めてのバトルで勝利を収めたのだった。
白いイナズマ
No.12260129
2014年07月02日 18:03:19投稿
引用
仰向けに倒れたまま、動かないズッキーニャを見ながらシエルが呟く。
「全く動かないけど、とりあえず試してみるか…」
「ラキッズ! 早速”アレ”をやってみるよ!」
「おう!」
シエルはスカウトリストをズッキーニャに向けて構えた。
そして、シエルとラキッズは、声を揃える。
「せーの!」
その瞬間、スカウトリストから青白い光が溢れ出し、その光はラキッズの身体に宿った。
「お、何か不思議なパワーがみなぎってくるぞ!」
スカウトリストの光をまとったラキッズは、自分の身体を眺めながら言った。
「じゃあ、あのズッキーニャに向けて…
スカウトアタック!」
シエルの合図に合わせて、ラキッズは棒倒れになっているズッキーニャに飛び込んだ。
ラキッズがズッキーニャに接触すると同時に、ズッキーニャにも青白い光が宿る。
「うーん… やっぱりダメかな…」
シエルが呟いた直後だった。
ズッキーニャが起き上がり、シエルにじゃれついてきたのだ。
「くすぐったいよ…!」
「やったぜ、スカウト成功だな!」
「うん!」
シエルはズッキーニャの目を見つめて言った。
「君も僕たちと一緒に来る…?」
それを聞いたズッキーニャは嬉しそうに、何度も頷く。
「よし、じゃあ君はたった今から僕たちの仲間だ。」
「せっかく仲間になったんだ、何か名前を付けてやろうぜ!」
ラキッズが言った。
「名前か… ズッキーニャだから…
”ズッキー”っていうのはどうかな…?」
シエルが提案すると、ズッキーニャは嬉しそうに飛び跳ねる。
「よし、じゃあ君の名前はズッキーだ!
よろしく、ズッキー!」
ズッキーは、また嬉しそうに飛び跳ねた。
気付けば、もう夕暮れ時だ。
新しい仲間を加えたシエルたちは、木陰で野宿の準備を始めることにした。
「ラキッズ、ズッキー、傷の具合を見せて。」
シエルはバッグから薬草を取り出しながら言った。
2匹ともそこそこ重傷だ。
シエルは薬草をすり潰し、ラキッズたちの傷口に塗った。
「いてて、結構染みるなぁ…」
ラキッズは少々痛そうだ。
一方、ズッキーは表情を変えずに傷口を眺めている。
「ズッキー、君は言葉は話せないのかい?」
シエルが尋ねると、ズッキーはゆっくりと頷いた。
モンスター研究者の中には、モンスターは人間よりもずっと高い知能を持っていると考える人もいる。
シエルの父もそのひとりだ。
そのため、シエルはモンスターは基本的に人間の言葉を話せるものだと思っていたのだ。
冒険に出て初めての小さな発見。
おそらく、父さんは言葉を話せないモンスターがいることぐらい知っていたのだろうけど、シエルはその小さな発見ができたことが素直に嬉しかった。
ーー旅立ってから、まだ少ししか経っていないけど、実際にモンスターと戦って、仲間にして…
旅立つ前に比べて、モンスターというものを少しだけ知ることができたような気がする。
暗くなってきた空を眺めながら、シエルはそう思った。
手にしたヤリで攻撃するパワータイプだが、実は女の子。
突いたり薙ぎ払ったりと、多彩なヤリさばきを見せる。
シエルが最初に仲間にしたモンスターだ。
ゲームで当たり前のように繰り返しているこの行為も、文章にすると結構な文字数になりますね。
これから先、シエルくんがどんなマスターに成長していくのか、楽しみにしていただければと思います。
白いイナズマ
No.12260271
2014年07月03日 07:45:58投稿
引用
ズッキーは、すでにいびきを上げて眠っている。
見上げれば、そこは星々の大海原だ。
シエルが満天の星空を眺めていると、ラキッズが声をかけてきた。
「なあシエル、この空を見ていると”あの時”のことを思い出すなぁ…」
「…うん。」
ーーあの時…
それはシエルとラキッズが初めて出会った日…
その日もまた、美しい星空の夜だった。
木漏れ日が差し込む緑の豊かな場所。
迷いの森でいつものように遊んでいたシエルは、当時からモンスターに強い感心を抱いていた。
スライム、キャタピラー、しましまキャット、ドラキー…
そういったモンスターたちを見つけては観察するのが、当時のシエルの楽しみだったのだ。
そんなある日、シエルは普段迷いの森では見かけない”あるモンスター”と出会ったのだった。
「あんなモンスター、この森にいたかな…?」
草むらからモンスターに気付かれないように、そうっと観察する。
シエルの視線の先には、背中に小さな翼を持つ、黄色い小さなドラゴンの姿があった。
そのドラゴンはしきりに辺りを見回している。
しかし、シエルがその様子を観察していると、ドラゴンは急に地面に倒れ込んでしまった。
「ちょっと君、大丈夫!?」
シエルはとっさに草むらから身を乗り出し、ドラゴンの元へと駆け寄った。
だがシエルが近付くと、ドラゴンはふらつきながらも身体を起こし、シエルを睨みつけた。
その目には強い敵対心が宿っている。
遠くからだとよく分からなかったが、近くで見るとドラゴンは身体中傷だらけだった。
ドラゴンがシエルに対して強い警戒心を持っているのは明白だ。
シエルが近付くにつれて、ドラゴンはグルルと唸り声を上げる。
近付くのは危険かもしれない。
だが、身体中傷だらけのモンスターを見殺しにすることは、シエルにはできなかった。
シエルがドラゴンに触れようとした、その時だった。
ドラゴンはありったけの力を振り絞り、シエルに向かって炎を吐いた。
「うわっ!」
シエルは間一髪でそれを避けた。
炎は火花のように弱々しく、空気中に吸い込まれるように消えた。
「ちょっと待ってよ! 僕は君を助けたいんだ!」
シエルはドラゴンに訴えた。
「助けたい…だと… 嘘だな…
人間の言葉なんて…信用できねえ…」
ドラゴンは息も絶え絶えの状態で、シエルに言葉を返す。
「嘘じゃないよ!」
シエルが再びドラゴンに触れようとすると、ドラゴンはもう一度炎を吐こうとした。
ーーしかし、ブレスを放つ余力はもう残っていなかったのだろう。
ドラゴンはシエルの腕の中で動かなくなった。
白いイナズマ
No.12260509
2014年07月04日 08:28:54投稿
引用
ドラゴンが目を覚ますと、そこはどこかの病室のベッドの上だった。
見ると、身体中に包帯が巻かれている。
「そうだ、オレは森の中で人間のガキと遭遇して…
…だめだ、そこから先が思い出せねえ…」
廊下の方から話し声と足音が聞こえてくる。
「しかし、不思議なこともあるものだな。
この大陸じゃ、ドラゴンキッズなんてほとんど生息していないというのに…」
「ええ、私もビックリしました。
しかも、あんなに傷だらけだなんて…」
「『人間の言葉なんて信用できない』
あのドラゴン、さっきそう言ったんだ…
きっと悪い人に、何か嫌なことされたんだよ…」
「男と女がひとりずつ、最後のはさっきのガキの声か…」
やがて、病室の扉が開かれた。
「良かった! 気が付いたんだね!」
シエルが近付くと、ドラゴンはもう一度自分の身体に巻かれた包帯を見て言った。
「お前、人間のくせに何でオレを助けた?」
「何でって… 君身体中傷だらけで、動くのも辛そうで…
ほっとけなかったからだよ。」
「ほっとけなかった、か…」
ドラゴンは少しだけ安心したような素振りを見せた。
「ねえ、君一体何があったの?
良かったら聞かせてよ…」
シエルが言うと、ドラゴンはしばらくシエルの目を見つめ続けた。
やがて、おもむろに話し始めた。
「オレはもともとアマルティ大陸で暮らしていた。
だけどある日、変な奴等に捕まって、究極の遺伝子のベースにするとか言われて、怪しげな研究所みたいな場所に連れて行かれた。
そこからは、地獄のような日々だった。
毎日のようにオレの身体で得体の知れない実験が繰り返された。」
ドラゴンは一旦間を置いて続けた。
「けど、ある日突然その実験もされなくなった。
そしたら、そいつらに言われたんだ。
『遺伝子の適合は失敗に終わった。お前はもう用済みだ。』って…
やっと元の生活に戻れると思った。内心嬉しかったよ。
でも、そいつらは悪魔のような視線でオレを見つめたあと、こう付け加えた。
『だが、我々の秘密を、崇高なる計画を知ってしまった以上、お前を生かしておくわけにはいかない。』
ぞっとしたよ、絶対殺されるって思った。」
ドラゴンの身体は震えている。
「そのあと、オレは奴等の追跡を振り切り、何とか研究所の外に脱出したんだけど、そこは見知らぬ土地…
凶暴な野生のモンスターがうろついているし、何度も襲われて何度も死にかけた。
それでもオレはひたすら逃げ続けた。
もうどれだけ逃げ続けたかも覚えていない。
気付けばあの森にいてお前と会った。
で、この有様ってわけさ…」
ドラゴンの声はまだ震えていた。
今目の前にいる、この小さなドラゴンの壮絶な体験…
それを聞いたシエルたちは、しばらく声が出なかった。
やがて、ドラゴンが先に口を開いた。
「ここにいると、お前らにも迷惑がかかる。
身体もだいぶ回復した、お前のおかげだ。
ありがとな。」
ドラゴンは窓から外に飛んで行こうとした。
シエルがとっさにそれを止める。
「待って! ずっとここにいなよ。」
「えっ?」
「そんな奴ら、アルトさんが追い返してくれるよ!」
「アルトさん…?」
「うん、そこのお姉さんだよ。
すっごく強いモンスターマスターなんだ!
だから、ここにいれば安心だよ。」
「もうやあね、シエルくんったら!」
ずっと無言だったアルトが笑顔で、照れくさそうに言った。
「うむ、それがいい。
モンスターを不正に改造する行為は、世界中の法律で禁止されている。
君がここにいてくれれば、逆にこちらからその連中を捕まえることができるかもしれないのだが…
どうだろうか…?」
クライオス博士もまた、ずっと無言だったが、ようやく口を開いた。
小さなドラゴンはシエルたちを見つめ、恐る恐る言った。
「本当にいいのか?」
「うん!」
シエルは笑顔で言った。
そして、こう付け加えた。
「良かったら、僕の友達になってよ!」
その日からというもの、シエルたちはどんな時も共に行動するようになった。
ずっと人間に対して心を閉ざしていたドラゴンも、次第に心を開くようになっていた。
「そうだ、君名前とかあるの?」
「名前は…ないな…」
「じゃあ僕が付けてあげるよ。
父さんから聞いたんだ、君は『ドラゴンキッズ』っていうモンスターなんだってね。」
シエルは少し考えたあと、名前を提案した。
「ドラゴンキッズだから…
『ラキッズ』っていうのはどうかな?」
「ラキッズかぁ…」
ドラゴンキッズは少し悩んだあと答えた。
「うん、気に入った!」
「よし、じゃあ君の名前は今日から『ラキッズ』だ!
改めてよろしくね、ラキッズ!」
「おう! よろしくな、シエル!」
ちょっぴり生意気な性格のラキッズからは想像もつかないような体験談です。
シエルくんは優しいですね。
優しいショタは私も大好きです。
白いイナズマ
No.12261688
2014年07月08日 11:46:52投稿
引用
ラキッズは星空を眺めながら呟いた。
「うん…」
「なあシエル、モンスターマスターとしてのお前の目標って何だ…?」
ラキッズは突然質問してきた。
「目標…?」
「ああ… せっかくモンスターマスターになったんだ。
ただ冒険を楽しむだけじゃなく、何かあるだろ?」
シエルは突然の問いかけに戸惑いながら、こう答えた。
「シェイティさんに勝つことかな。」
「シェイティ…?
って、世界チャンピオンのあの人か!?」
「うん。」
ーーシェイティ・ルーン
今のシエルと丁度同じ年頃の時、世界チャンピオンの栄誉を手にした天才モンスターマスターだ。
数あるモンスターの中でも成長が特に難しいと言われるスライム系のモンスターを使いこなし、今もなお現役のチャンピオンマスターとして活動している。
「チャンピオンに勝つとは、大きく出たなシエル!
よし、その目標、オレたち全員のチカラで達成しようぜ!」
ラキッズは目を輝かせて言った。
「うん!」
「そろそろ僕たちも寝よっか。」
「そうだな。」
チャンピオンマスターに勝って、新たなチャンピオンになる…
新たな大きな目標ができたシエルたちは、不安と期待が入り混じる不思議な感覚を覚えながら、眠りについた。
白いイナズマ
No.12261713
2014年07月08日 13:40:27投稿
引用
何者かが自分の名前を呼んでいる。
気付くとシエルの身体は何も見えない漆黒の闇の中にただひとり、浮かんでいた。
「ここは一体…
そうだ、ラキッズとズッキーは!?」
「ご安心下さい… ここは貴方の夢の中…
私は貴方の夢を介して、貴方に直接語りかけています…」
謎の声は続けた。
「率直に伝えます…
ここオルティアナ大陸は、現在滅亡の危機に瀕しています…」
「め、滅亡って、どういうこと…!?」
シエルは驚いた。
「貴方もご存知の通り、近年モンスターが異常行動を起こす事件が頻発しています…
悪しき心を持つ者が本格的に動き出したようです…」
「悪しき心を持つ者って、一体…?」
「申し訳ありません…
私は現在、持てる力の大半を封印され、実体を持たぬ身…
どうやら時間のようです…」
「ちょ、ちょっと待ってよ!
何が何だか、全然意味が分かんないよ!」
謎の声は徐々に聞こえづらくなってくる。
「サイ……プ…イム…に向か……さい…
そ…に貴方…求め…真実…あります…
ご武運…お祈……ます…」
謎の声はそれっきり聞こえなくなった。
白いイナズマ
No.12261914
2014年07月08日 21:27:46投稿
引用
「ん…?」
シエルが目を開けると、ラキッズが顔を覗き込んでいた。
気付けば、もう朝だ。
「だいぶ、うなされてたみたいだが、大丈夫か…?」
ラキッズは心配そうな表情で、シエルを見つめる。
ズッキーもまた、シエルの顔を見つめていた。
「うん、僕は大丈夫…
それよりもさ、ラキッズ。
僕昨日気になる夢を見たんだ。
悪しき心を持つ者の影響で、オルティアナ大陸が滅亡の危機に瀕しているって…」
シエルはラキッズたちに夢の中での出来事を話してみることにした。
しかし、ラキッズたちからは思いもよらない返事が返ってきた。
「オレも同じ夢を見たぜ。」
ズッキーは言葉を話せないものの、ラキッズの言葉に合わせてぴょんぴょん飛び跳ねている。
「2人とも同じ夢を…?」
「ああ…」
ラキッズたちも自分と同じ夢を見ていた。
シエルには、それが一層気になった。
声の主は名前を名乗らなかったけれど、モンスターが異常行動を起こす事件は確かに起こっているし…
何より、自分以外にラキッズとズッキーも同じ夢を見たというのは、どう考えても出来過ぎている。
ひょっとしたら、夢の中で語りかけてきた者は、これからこのオルティアナ大陸で起こる何かしらの出来事を予知しているのかもしれない…
シエルはそう思った。
「気になるのか…?」
考え込むシエルの姿を見てラキッズが言う。
「うん…」
「じゃあさ、チャンピオンに勝つ前にそいつを確かめちまおうぜ!」
「それなんだけど、確かあの声、最後にこう言ったんだ。
『サイ……プ…イム…』に向かえって…
そこに僕たちの求める真実があるってさ…
よく聞こえなかったけど、何か心当たりある…?」
「サイ……プ…イム…?
うーん、分からねえな…」
シエルとラキッズが悩んでいると、ズッキーが急にぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ん…? ズッキーどうしたの?」
シエルが尋ねると、ズッキーはシエルのスカウトリストを指差す。
「これに何か手掛かりがあるの…?」
シエルが再び聞き返すと、ズッキーは頷いた。
シエルはスカウトリストをよく観察してみたが、特に変わったところは見当たらない。
試しに手の甲の方に裏返してみると、小さな文字が書かれているのに気付いた。
「サイバープライム…」
シエルはその文字をおもむろに読んだ。
「あっ! ラキッズ、これじゃないかな?」
シエルはスカウトリストの文字を指差して言った。
「サイバープライム… 確かにそれっぽいな…
モンスターマスター用の道具の開発が失敗して、それが周辺のモンスターに悪影響を与えたとか…?」
「うーん、その辺りはよく分からないけど、確かめてみる価値はありそうだね。」
「確かサイバープライムの本社は昨日オレたちが旅立ったオルティアナタワーの別棟だったよな?
まだあんまり遠くないし、戻ってみるか?」
「うん。」
シエルはズッキーに向き直った。
「ズッキー、君のおかげで少しだけど手掛かりが掴めたような気がするよ。
ありがとう!」
それを聞いたズッキーは、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
シエルたちは、再びエルモスシティに向けて歩き出した。
白いイナズマ
No.12262050
2014年07月09日 07:32:53投稿
引用
「確かサイバープライム棟はA塔だったよな…?」
「多分そうだったと思うよ。」
3つのビルが連絡橋で接続されたオルティアナタワーでは、それぞれのビルが巨大組織の本部になっている。
A塔はサイバープライム本社、B塔はクライオス博士も所属しているモンスター研究開発機構、通称『MSO』の本部、C塔は薬草や肉などのモンスターマスター向けの消耗品を製造しているフューチャーメイドの本社だ。
シエルはビルの壁を見上げた。
そこには、CYBER PRIMEとはっきり書かれている。
ここで間違いないだろう。
シエルたちは中に入っていった。
エントランスホールはとても広く、上の階と吹き抜けになっている。
正面には大きなモニターがあり、そこにはサイバープライム社の概要が映し出されていた。
「流石に巨大企業の本社ともなれば、レベルが違うな。」
建物内の様子を見たラキッズが呟く。
シエルたちがその様子に圧倒されている、その時だった。
「あら、シエルくんじゃないかしら…?」
振り返ると、そこにはアルトがいた。
「アルトさん、どうしてここに…?」
「私たちは昨日、B塔に泊めてもらったの。
今はウェイザーさんのお誘いで、このサイバープライム社を見学させてもらっているのよ。」
「ウェイザーさん…?」
「あ、シエルくんたちは会ってないのよね。
イジュール・ウェイザーさんは、このサイバープライム社の技術開発責任者で、そのスカウトリストを開発したのも彼なのよ。」
アルトは奥の方に目をやった。
「もうそろそろ戻ってくるんじゃないかしら?」
やがて、白衣を着た男がひとり、こちらに歩いてくるのが見えた。
「来たわね、彼がウェイザーさんよ。
もし良かったら、あなたたちも一緒に見学する?」
「はい!」
「お待たせして申し訳ないです。
トイレが混み合っておりまして…」
ウェイザーは申し訳なさそうに、アルトに頭を下げる。
どうやらトイレに行っていたようだ。
「いえいえ、構いませんよ。」
「おや、君はクライオス博士の息子さんのシエル君では…?」
ウェイザーはシエルの方を見て言った。
「はい。」
「この子たちも、一緒に見学させてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん構いませんよ。
では行きましょうか。」
ラッキーだ。
夢の中の声がサイバープライム社を指していたのかどうかは不明だけど、工場を見れば何か分かるかもしれない。
シエルたちは、ウェイザーの後に続いていった。
白いイナズマ
No.12262424
2014年07月10日 10:44:30投稿
引用
ガラスの向こうには、社員たちの仕事場が広がっている。
それはシエルたちの創造をはるかに超えるものだった。
「ここでは、製品のプラニングやデータ集積を行っています。」
ウェイザーは立ち止まり、説明した。
全体的に工場というよりは、オフィスビルのような雰囲気だ。
仕事場だけでなく、休憩スペースなどの設備も整っており、皆楽しそうに仕事をしている。
しばらくその様子を観察したシエルたちは、再び歩き出した。
次に案内された場所は、いかにも工場と呼ぶに相応しい場所だった。
ベルトコンベアにシエルのものと同じスカウトリストがいくつも並んで流れている。
「ここは製品を製造するための場所です。」
さらにウェイザーはシエルの方を向いて付け加えた。
「シエル君、貴方のスカウトリストもここで作られたんですよ。」
シエルたちは、その後もウェイザーに案内されて工場内を見学した。
やがて、ウェイザーは立ち止まった。
「見学は以上で終了となります。
この他にもモンスターバンキングシステムの管理室などがありますが、こちらは個人情報を取り扱っているため、一般公開はしておりません。
何かご質問はございませんか…?」
「あの…」
シエルは言いかけたが、途中で言葉を止めた。
あなたの会社がモンスターに悪影響を与えているなんてことは言えないし、何と聞けば良いのか分からなくなったのだ。
「何でしょうか、シエル君?」
「あ、はい。ここで開発しているモンスターに影響を与える道具って、スカウトリストだけですか?」
咄嗟に思い付いた質問だった。
「そうですね、スカウトリストだけですね。
サイバープライムが開発している製品はマスターの方々が冒険をしやすくするためのものがほとんどですから、モンスターに影響を与える道具は今のところスカウトリストだけになりますね。」
「そうですか…」
「アルトさんも何かご質問はありませんか?」
「はい。」
「分かりました。出口はこちらです。
私についてきて下さい。」
ウェイザーに先導され、シエルたちはエントランスホールへと再び戻ってきた。
巨大モニターには、サイバープライムの社長と思われる人物が『未来に羽ばたく』と書かれたスローガンを掲げる映像が流れていた。
「ウェイザーさん、本日は大変勉強になりました。
どうもありがとうございました。」
アルトはウェイザーに丁寧に頭を下げる。
「僕たちも見学させてもらって、ありがとうございました。」
シエルたちも頭を下げた。
サイバープライム社をあとにし、しばらく歩いていた時のことだった。
「今日はすごいものが見られたわね!
シエルくんたちは、このまま出発するのかな?」
「はい。アルトさんは?」
「私はパロット村に戻るわ。」
ふたりはアルトの車まで歩いていった。
「それじゃあ、シエルくん、冒険頑張ってね!
応援してるわ!」
アルトは激励の言葉を残したあと車に乗り、パロット村に向けて走り出した。
白いイナズマ
No.12262439
2014年07月10日 13:17:33投稿
引用
すでに太陽が空を赤く染め上げている。
「結局、何も分からなかったね…」
シエルは呟いた。
社内にはたくさんの人がいたけれど、特におかしなところはなかったし、何より技術開発責任者がスカウトリスト以外にモンスターに影響を与える道具は作っていないと言っていた。
サイバープライム社に目を付けたこと自体、間違いだったのかもしれない…
「まあ、あんな街のど真ん中にある工場でヤバイもん作ったら、すぐにバレちまうだろうからな…」
「うん… そうだね…」
もともとダメ元で行ったのだ。
夢の声が言った『サイ……プ…イム』は、何か別のことを意味しているのかもしれない…
そもそも、あの夢の中の声自体怪しいものだと、シエルは今更ながら思った。
妙に現実味のある内容だったし、全員が同じ夢を見ていたり、夢にしては出来過ぎているところがあったから確かめてみたものの、結局何も得られなかった。
シエルは夢の件の調査は打ち切ることにした。
「もう一度、サザンレイクに戻ろうか。」
「おう!」
エルモスシティを出る頃には、すでに辺りは暗くなっていた。
昨日とは違い、空には雲がかかっているようで星や月は見えない。
「そういえばさ、夜は昼間よりもちょっと強いモンスターが現れるんだよな?」
「そうだけど…」
「じゃあさ、せっかく仲間もできたんだし、腕試しをしてみようぜ!」
「腕試しって言ったって…」
腕試しの相手になりそうなモンスターがいない
シエルがそう言おうとした、ちょうどその時だった。
バサバサと何かが羽ばたく音が聞こえる。
「ほーら、早速ちょうど良さそうなのが来たみたいだぜ!」
ラキッズはやけに嬉しそうだ。
おそらく、ズッキーを仲間にしたことで自信過剰になっているのだろう。
ズッキーもまた、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
白いイナズマ
No.12262660
2014年07月11日 08:39:52投稿
引用
音からして相手は1体…
2体いるこちらの方が有利だが、姿が見えないのではむしろ不利だ。
「そうだ! ラキッズ、火の息を空に向けて放って!」
シエルは、ラキッズに指示を出した。
と同時にラキッズが真上に火の息を吐く。
ラキッズの口から放たれた炎は、シエルたちがいる一帯を明るく照らし出した。
徐々に明らかになる、闇に潜む者の素顔…
丸い目に小さなキバの付いた口、黒い翼と身体…
コウモリの魔物、ドラキーだ。
ドラキーは、その可愛らしい姿で、こちらを激しく威嚇してくる。
「空を飛ぶモンスターか…
シエル、あいつを仲間にできたら心強いと思うぜ!」
「うん! ラキッズ、ズッキー、まずは体当たりだ!」
シエルはラキッズたちに指示を出した。
ラキッズは素早くドラキーに向かって飛び込んでいくが、ドラキーもまた素早い身のこなしでヒラリと身をかわす。
ズッキーの攻撃も同じようにかわされてしまった。
「くそっ、かわされた! あいつ結構素早い!」
ラキッズが悔しがる。
「じゃあ、今度は火の息だ!」
シエルの合図と同時にラキッズが火の息を発射するが、これもかわされてしまった。
「火の息でもダメか… 一体どうすれば…」
どんなに強力な攻撃であっても、当たらなければ意味がない。
シエルはドラキーに攻撃を命中させる方法を考えたが、中々良いアイデアが思い浮かばない。
そうこうしているうちに、ドラキーが高く飛び上がった。
月明かりに照らされながら、何かを呟くのが見える。
ーーその時だった。
ラキッズの身体の周りに黒いオーラのようなものが発生し、それは見る間にラキッズを包み込んだ。
「うっ!」
黒いオーラの中から、ラキッズのうめき声が聞こえる。
「ラキッズ!」
シエルは咄嗟にラキッズに駆け寄った。
「オレは大丈夫だ。
それにしてもあいつ、闇の呪文『ドルマ』を使うとは…
かなりの大物だぜ! 絶対仲間にしような!」
「うん!」
ラキッズの火の息は何度も見てきたが、モンスターが呪文を唱えるのを見るのは、これが初めてだ。
ラキッズはドルマをまともに受けたにもかかわらず強気でいるが、さっきよりも息が少し荒くなっている。
早く決着をつけなければ…
シエルは内心焦りながらも、ドラキーとの戦闘に再び集中した。
今度はズッキーの時よりも厳しい戦いになりそうだ。
白いイナズマ
No.12263631
2014年07月14日 07:35:01投稿
引用
シエルは、このピンチを切り抜ける方法を必死に模索していた。
「そうだ!」
ふとある方法を思い付いた。
しかし、それは失敗すると両者ともに傷を負いかねない危険な手段だったが、これに賭けるしかない。
「ラキッズ! ドラキーの注意を引きつけて!」
シエルはラキッズに合図した。
ラキッズは空高く舞い上がり、ドラキーの視界にわざと入る。
そして、ゆっくりと旋回し始めた。
ドラキーの視線はラキッズに釘付けになっている。
今がチャンスだ。
「ラキッズ! ズッキーに向かって火の息!」
「ええっ!? お前マジかよ!?
そんなことしたら…」
案の定、ラキッズは躊躇した。
「いいから早く!」
「お前のことだから、何か作戦でもあるんだろ?
いいぜ、シエル! オレはお前を信じる!」
ラキッズはそう言って、ズッキーに視線を移した。
そして、火の玉のような息を視線の先に向かって撃ち出す。
ラキッズの吐いた炎は、みるみるズッキーに迫っていった。
「今だ! ズッキー、ヤリで炎を跳ね返して!」
咄嗟の合図でズッキーは一瞬戸惑ったが、シエルの合図で手にしたヤリを素早く振り、炎を跳ね返した。
ひとまずは成功だ。
炎はバットで打たれた球のように、今度はドラキーに向かって飛んでいく。
あとはこの炎が回避されないことを祈るばかりだった。
「なるほどな、そういうことか…」
ラキッズはシエルが何を考えていたのかを悟った。
そして、再びドラキーの周りを旋回する。
「ほらほら、こっちだぜ!」
ラキッズがドラキーを挑発し、ドラキーの視線を自分に向ける。
ドラキーの視線はラキッズに再び釘付けになった。
次の瞬間、ドラキーの背後に先ほどの火の玉が命中した。
ズッキーが跳ね返したことで、威力が上がっていたのだろう。
火の玉の直撃を受けたドラキーは空中で気絶し、そのまま地面に落ちてきた。
「よし、チャンスだ! みんな行くよ!」
シエルの指示のもと、ズッキーが駆け寄ってくる。
ラキッズもすぐにシエルのもとに舞い戻った。
「スカウトアタックだ!」
シエルはスカウトリストを構え、ラキッズたちに合図した。
ラキッズとズッキーの身体が青白い光に包まれる。
最初にスカウトアタックを放ったのはズッキーだった。
手にしたヤリでドラキーを突く。
「もう一発!」
続いて、ラキッズが素早くドラキーの懐に飛び込んだ。
「どうだ!?」
ーーやがて、大ダメージを受けて動かなくなっていたドラキーは起き上がり、シエルのもとに飛んできた。
そして、シエルの頭に着地した。
「やったのか…?」
ラキッズがドラキーをいぶかしげに見つめる。
「君も僕たちと一緒に来る…?」
シエルは頭上のドラキーに尋ねた。
すると、ドラキーはゆっくりと頷いた。
「やったな、シエル!」
「うん!」
新たな仲間の誕生をシエルたちは心から喜んだ。
ズッキーの時は一対一だったけど、今回は違う。
こちらにはラキッズとともに戦ってくれる仲間がいた。
おそらく、ラキッズひとりでは勝てなかっただろう…
仲間とともにチームで戦うということの大切さを、今回のバトルで知った…
そんな気がした。
素早く空を飛べる仲間”ドラキー”を新たに加え、シエルくんのチームも強くなりました。
同時にシエルくんと仲間にしたモンスターたちとの絆も、より一層強いものになっています。
文章にしてみて思ったことですが、仲間たちとのキズナを描くモンスターズはやはりいいなぁ、って思います。
まだまだ序盤ですが、今後もじゃんじゃん書いていきますので、よろしくお願いします。
白いイナズマ
No.12264134
2014年07月16日 09:26:37投稿
引用
ドラキーの手当てはすぐに終わったが、ラキッズの傷は魔法で負ったもののため、応急処置が難しい。
「やっぱ、薬草じゃ魔法の傷は治しにくいか…
何か回復系の魔法があれば良いんだけどな…」
「ラキッズ、その…」
「いいってよ、気にすんなって!
5年前に比べたら、これぐらい大丈夫だ!」
ラキッズがシエルを元気付ける。
目の前で自分の大切な仲間が傷付いているのに、助けてあげることができない。
シエルがその罪悪感に駆られていることを、ラキッズは悟ったのだろう。
「そうだ、まだドラキーに名前を付けてなかったよな。
早く付けてやろうぜ!」
「じゃあ、ドラキーだから…
『ラッキー』っていうのはどうかな?」
シエルが言うと、ドラキーは嬉しそうにじゃれついてきた。
「じゃあ、君の名前はラッキーで決まりだね!
よろしく、ラッキー!」
ーーそんな会話をしていた時だった。
立ち並ぶ木々の向こう側から、誰かの話し声が聞こえた。
最初はよく聞こえなかったが、その声は次第に大きくなってくる。
シエルたちは、声のする方に駆け寄った。
「オラオラ、言うことを聞け!
でないと、痛い目に合わせるぞ!」
「オイラはスライムのキングなんだ!
お前たちの言いなりなんかになってたまるか!」
「そうか… ならば仕方が無いな…」
声の主が言った直後だった。
赤黒い禍々しい光が、シエルたちの見ている木々の間から漏れてきた。
「一体何なんだ、今のは!?」
「行こう!」
シエルたちは、光が出た方に咄嗟に走り出した。
どうしても行かなければならない、そんな気がしたのだ。
草むらから恐る恐る顔を覗かせる。
シエルたちの視界に入ったのは、王冠を被ったぽっちゃり体型のスライム、キングスライムだった。
同時に、キングスライムのすぐ側に男が2人いるのも確認できた。
「さあ、言うことを聞け!」
男のひとりが声を荒げる。
「ぷる… ぷぎぃ…」
キングスライムが苦しそうにうめき声を上げる。
「まだ抵抗するのか、ならば…」
もうひとりの男がムチを取り出した。
「お前たち、何やってるんだ!」
気付くと、シエルは草むらから飛び出ていた。
ラキッズたちも、シエルに続く。
居ても立ってもいられなくなった。
「しまった、人に見られた!
ゲイル様には何と報告すれば…」
「バカ! よく見ろ!
相手はガキ1人と、見るからに弱そうなモンスター3匹だ。
ここで、あいつらを始末しちまえば、何も問題にはならねえよ!」
「テメエら、今オレたちを弱いって言ったな!?」
ラキッズが男たちに激怒する。
「あと、ゲイルって誰だ?」
「ここでくたばるお前たちには知る必要のないことだ。」
そう言って、男はキングスライムに視線を移した。
「ちょうど良い、こいつで相手をしてやる…!」
持ち前の素早さと飛行能力で敵を撹乱するのが得意戦法。
闇の呪文「ドルマ」も使うことができる。
暗闇に紛れて敵の目を欺く、シエルの3匹目の仲間モンスターだ。
白いイナズマ
No.12264431
2014年07月17日 09:43:32投稿
引用
あいつらをやっちまえ! 」
男のひとりが言った。
キングスライムはもうさっきのように抵抗はしなかった。
目が禍々しい赤色に光り、完全に正気を失っているように見える。
「やるしかないのか…!」
シエルは戸惑った。
自分の意思で行動していない、このモンスターとは戦いたくない、そう思った。
だが、ここで戦わなかったら、逆にこちらがやられてしまう。
「ラキッズ! あのキングスライムを助けてあげよう!」
シエルは覚悟を決めた。
「おう! 同感だぜ!」
「キングスライム、体当たりだ!」
男がキングスライムに指示を出す。
キングスライムはラキッズに向かって大きな身体をぶつけてきた。
「ラキッズ! 避けて!」
ラキッズはひらりと身をかわした。
相手は身体が大きいためパワーはありそうだが、動きはそれほど素早くないようだ。
攻撃を外してバランスを崩したキングスライムは、そのまま前のめりに倒れ込む。
「チッ! 何やってんだ!」
男がイライラする。
「今だ! ラキッズ、ズッキー、ラッキー、全員で体当たりだ!」
ラキッズたちは、全員でダウンしているキングスライムに総攻撃を叩き込んだ。
しかし、キングスライムのぷにぷにとした身体に攻撃が跳ね返されてしまう。
「ダメだ、あいつに物理攻撃は効きにくい!」
そうこうしているうちに、キングスライムが起き上がってくる。
「手こずらせやがって…!
キングスライム、ドラキーに向かってライデイン!」
次の瞬間、まばゆい光がラッキーを包み込む。
光が消え去った時、ラッキーはふらふらとしていた。
あまりに一瞬のことで、何が起こったのか分からなかった。
「まずいな、ドラキーは悪魔系のモンスター…
悪魔系は基本的に光の攻撃に弱い。
しかも、今食らったライデインは光の呪文の2段階目で、1段階目のデインよりもダメージが大きい!」
ラキッズはシエルに向き直る。
「シエル、もう一回食らったら、もたないぞ!」
「分かった…!」
物理攻撃を跳ね返す防御力と、光の呪文「ライデイン」の攻撃力、どれを取っても侮れない強敵だ。
「ラキッズ! 火の息!」
ラキッズが火球を放つ。
火球はキングスライムに向かってまっすぐ飛んでいき、命中したがキングスライムは全く怯まない。
「火の息でもダメか…」
「お前たちの実力はその程度か?
やっぱり弱いじゃないか!
これ以上戦ったところで、時間の無駄だ。
1匹ずつ片付けてやる。
まずはそこのドラキーからだ!」
男が瀕死のラッキーに視線を移した。
「さあ、キングスライム、もう一度ライデイン!」
まずい、このままだとラッキーがやられる!
魔法攻撃はいくら素早くても回避できない。
こうなったら、あの技にかけてみるしかない。
「ラッキー! ドルマ!」
シエルは咄嗟にラッキーに指示を出した。
ラッキーはふらつきながらも呪文を詠唱した。
やがて、キングスライムを黒いオーラが包み込む。
同時にラッキーをライデインの強い光が包み込んだ。
次の瞬間、ラッキーとキングスライムは同時に倒れた。
「クソッ! まさか闇の呪文を使えるとは…!
それにしても、まさかドルマ1発でくたばるとは…!
使えない奴だ。」
男が吐き捨てるように言うと、もうひとりの仲間の男に目を移した。
「おい、ここは一旦引くぞ!
あのキングスライムは究極の遺伝子のベースにはとてもなりそうにない。」
男たちは足早に走り去っていく。
シエルはその後ろ姿を見て、息を呑んだ。
男たちの着ている上着の背中に書かれていたのだ。
サイバープライム社のロゴマークが…