CHAPTER 0

”明日やろうは馬鹿やろう”ならば、明日もやろうとしない俺は何になるのか。

”馬鹿”という言葉で形容するのもおこがましいらしい。

高校三年生、夏。大学受験を控えた俺は、社会で言われるところの”受験生”のはずだった。

いつからか俺の中で人生は過ごすものではなく勝手に過ぎ去っていくものになっていた。

俺がどんなに勉学を怠ろうが、結局人生はなんとかなるようにまわっていける。

そんな甘い考えは夏休みに入って消えるどころか増してく一方だった。

良い大学とは何か。夏休み前の学年集会で担任の先生が投げかけた問いだ。

偏差値の高い大学が良い大学か。入学して他人から褒められる大学が良い大学か。

違う。本当に良い大学とは、君しか知り得ない。君のやりたい事、叶えたい夢、それを実現できる場所が充実している場所こそ、良い大学といえるだろう・・・

まったくもってその通りだと感じた。だが生憎俺にはやりたい事も叶えたい夢もありはしなかった。

だから担任の話を、俺の都合の良いようにうわずみだけすくいとって解釈した。

ようはどの大学に入っても変わりはしないのだ。大学なんてステージは俺の人生においてなにも重要でない。

一つの大学を目指し、今もなお熱心に勉強している生徒は、大方自分の夢も定まっていて、それに向かって走り続けているのだろう。

彼らはしっかりと下地を塗って、筆を握り、将来のための輪郭をせっせと描いている。

一方俺は下地も塗らず全くの白紙だ。

絵具も出していなければ筆も買っていない。

だが、どうだろう。

黒い背景を描いてしまった人は夜しか描けないし、青い背景を描いてしまった人は空しか描けない。

途中で描きたいものが変わって、一生懸命に手直ししても、完成品は良いものとはいえないだろう。

それに対して、俺はなんでも描ける。火も水も、空も海も、男も女も関係ない。

そう、俺はなんにでもなれる。なんにでもなれる・・・

これが俺の”キャンパス”だ。

なんにだって、なれるんだ・・・!

そんな根拠の無い自信を失ったのも、その夏のことだった。